第181回「やすらぎ修行会」プチ法話 2026/6/21
「スクールカースト」とは、容姿や学力、スポーツ能力等によって、暗黙のうちにクラスの中に形成された序列をいうそう。「一軍」-クラスの中心で目立つグループ、「二軍」-最も人数が多く、静かに生活している層、「三軍」-からかわれやすく孤立しがちな層。自分の立ち位置を気にしながら、日々を過ごすのは息苦しいですね。でも、時が経てば、そこからは解き放たれます。 インドには古来から「カースト制度」呼ばれる慣習があります。「カースト」とは、「バラモン」-司祭者を最上として「クシャトリヤ」-王族、「ヴァイシャ」-商工業、牧畜、農業、「シュードラ」-上の三つに奉仕する隷属的な身分、そして「アウトカースト」と呼ばれる不可触民。職業は世襲であり、別のカーストの人とは、食事を共にすることさえできず、況んや結婚・恋愛については言うまでもありません。1945年には法律で差別を禁止したものの、まだまだ慣習として根強く残っているそうです。 紀元前5世紀に生きた釈尊はこんな言葉を残しています。「生まれによってバラモンになるのではない。行いによってバラモンになるのだ」と。社会を成立させる基礎的な条件であった「カースト制度」を頭から否定しました。 「結果」には「原因」がある。その「原因」をもたらしたものに、さらなる「原因」が…。望ましい「結果」にも、望ましくない「結果」にも必ず原因があると釈尊は説かれました。 「いま」は過去の原因がもたらしたもの。「未来」は、「いまここ」の出来事の積み重ねで変えることができる。それでは私は「いま」何をなすべきなのか、沈思黙考し、そして行動いたましょう。