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第176回「やすらぎ修行会」プチ法話 2026/1/21

  高校2年の夏休み、理由は覚えていませんが、とにかく入魂の「読書感想文」を書いてみようと決心しました。相対する作品は大岡昇平著『野火』。  敗色濃厚なフィリピンの戦線において、部隊からも病院からも排除された主人公田村は、病と飢えにさいなまれながら、野火が燃え広がる山野をひとり彷徨います。絶望の中でも生への執着は消えることはない。あるとき猿の肉だと口に入れられた干肉を人肉ではないかと思いつつ食べてしまう…。極限状態における人のありようが記された作品です。   一ト月の間『野火』を何度読み返したでしょうか。生死の境をさまよう追い詰められたぎりぎりの世界と向き合い続けることのしんどさ、加えて物語の核心が見えてこないもどかしさ、なかなか考えがまとらないじれったさ。大切だと思う部分に蛍光ペンで線を引き、そして書き出し、分類分けをしました。そうすると厚い霧の中に隠れていた物語の筋が徐々に見えてくるよう感じました。   夏休みも終盤、「えいっ」と書き始めると、自然と文が紡がれ筆がどんどん進みます。少々手直しをして数日で完成。すべてを出し切った充実感が体を満たしました。大きな力を頂きました。   今は生成AIの出現により、「読書感想文」という宿題も成り立ち難くなっているとのこと。「『野火』の感想文を2000字で書いて!」とお願いすればあっという間に無難な感想文が出来あがってしまう。とても便利です。でも脳から汗水たらしてうんうんうなって「創って」いく、その過程で心が深まっていく。そんな貴重な経験を手放してしまうのはもったいないですね。

2025(令和7年)「やすらぎ修行会」プチ法話 第175回

 成就院のすぐ近くに「中国帰国者支援交流センター」があることを知り、日本語の授業に参加してきました。「何歳ですか」から始まり、「神社とお寺の違い」「お坊さんの一日のスケジュールは」「小乗仏教と大乗仏教の違い」など質問が浴びせられました。皆さん日本語はあまり理解できない模様。黒板に漢字を書きながら回答し、先生から中国語で補足も頂きましたが…。難しいですね。  子どもの頃、第二次世界大戦の後、日本へ帰る機会を失い中国で暮らしてきた「中国残留孤児」の帰国事業が大々的に報じられました。新聞には一面をさき、顔写真の下に住まう場所や親を探す手がかりが記され、ニュースでは親兄弟と肩を抱き喜び合う再会シーンが度々流れました。   彼らは、幼少時には「日本人」と侮られ、日本に来てからは「中国人」と揶揄される。日本で住むという決断をしたものの、異国の地では、習慣も、価値感も、何より言葉が違う。「孤立」を感じながらも助け合って生き抜いてきました。私がお会いした方々は、皆さんとても明るくパワフルでした。   「中国残留孤児」は「日本人」。では片親が中国人の場合その子は「日本人」「中国人」?。孫は?そう考えると、当たり前に使っている「日本人」という概念は、かなり曖昧なものだと気づきます。   昨今、「排除」の空気がより濃くなってきています。 「○○人」とラベルを貼るのではなく、「△△さん」という固有の存在としてお付き合いしたいですね。   授業の最後には、教室中に「北国の春」が愛唱されました。皆さんに一番知られている歌だそう。きっと、故郷のなつかしい風景を思い浮かべながら歌っているのでしょうか。

2025(令和7)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第174回

 第174回「やすらぎ修行会」プチ法話 2025/11/21   現在、小・中学校では外国人ルーツの子が各クラス7,8人はいるそうです。国と国との垣根が低くなり、多くの人が国を跨いで行き交うようになった現況を考えると当然のことなのでしょう。   中国ルーツの子の半生についてお話しを伺いました。   小学校のとき、学校では「中国人」とからかわれたそう。給食にはゴミが入れられ喧嘩をしたことも。でも新たに中国からやってきた生徒の通訳をしてほしいと校長先生から頼まれ活躍したことにより、周囲の信頼を得て、いじめもなくなったとのこと。本人も役に立ったという自信を得ました。   中学生のとき、上履きに水が入れられたりと、何人もの生徒から根強いからかいを受け、怒り爆発、棒で殴ってしまいました。「暴力は悪い。謝りに行こう」という母に対し、「向こうが悪いのにどうして…」と反発。そんな時、母親の日本語が十全ではないことも飲み込み、担任の先生が一緒に謝罪行脚に同道してくれたとのこと。とても不安なとき、本当に心強く思ったことでしょう。   大学生のとき、教員との関係をうまく築けず、必修単位を落としてしまいます。「もう退学しよう」と自暴自棄に。そんな時、普段から話を聞いてくれた図書館司書の方々になだめられ説得され一年休学することに。冷静になった彼は無事大学を卒業し、学びを生かした会社に就職できたとのこと。   習慣も価値感も言葉も異なる世界で生きていかねばならない方々と共に生きて行くには?校長先生も、担任の先生も、図書館司書の方も、困っている時にそっと心を寄せて言葉を掛けた。「さりげない優しさ」ゆえ素直に受け入れることができたのでしょう。良き出会いは人生の宝物ですね。

2025(令和7)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第173回

 第173回「やすらぎ修行会」プチ法話 2025/10/21  フランス人の友人ルネさん曰く「パリでは肩のいかつい男性が人を避けもしないで町を歩いているので気を付けなくてはならない」「パリの町はゴミが多くて汚い」「地下鉄では物を取られることがあるので絶対寝ることは出来ない」と。さらに、「日本はとても親切で綺麗、生活に慣れてくると地下鉄でもウトウト寝てしまいます。でもバリに帰ったら寝なくなるでしょう」とのこと。  成就院の近くにもホテルがたくさん建ち、外国人観光客が大勢歩いています。中には首からカメラを下げパチパチその辺りを撮っている姿も。果たして何を撮っているのでしょう。  SNSに外国人旅行者が投稿した写真がアップされてきました。何気なく開くと、そこには歩道橋の上から撮った道行く車、毛糸の赤い帽子をかぶっている小さな人形、整然と並べられた自転車置き場、家の前を彩る植木鉢の群れ…。私たちの身の回りにあるごくごくありふれた風景が切り取られています。  コメント欄には、 「日本最高」という言葉の後ろに「平和!」と記されていました。なんとそれに何百という「いいね」が。写真をアップした人のみならず、「いいね」を付けた人の中には、きっと普段は厳しい環境の街で生活する人もいるのでしょう。  私たちの暮らしには、もちろんしんどいこともいろいろあります。でも「平和」というキーワードを通して眺め返してみると、日常の当たり前の風景が、別の色合いに見えてくるにちがいありません。

2025(令和7)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第172回

 第172回「やすらぎ修行会」プチ法話 2025/9/21  群馬県の桐生市に、月に一度2時間のみ営業という「冥土喫茶」が誕生しました。といっても「メイド」には「冥土」の字が当てられます。冥土(メイド)さんの応募資格は、65歳以上で「喪え喪えキュン」ができることだそう。ちなみに「もえ」には「喪え」の字を当てます。  お店入口にある、模造紙に青のビニール紐を何本も敷きつめた「三途リバー」を越えると、フリフリエプロンとカチューシャを付けた冥土さんがお出迎え。「川を渡るときに足を滑らせると地獄に落ちてしまいますので気をつけてくださいね」と優しくアドバイス。冥土さんの胸には「ネネ」「デコ」「あんず」などの名札が。「これは何ですか」と尋ねらると、「戒名です」と答えるメイドさんもいるとか。  メニューは「冥土弁当」。地元産のお米を使用したおにぎりと、味噌汁、煮しめ、ドリンクバーがついて800円。体に良い食事で寿命が延びそうです。ドリンクバーには「血の池ジュース」と名付けられた「しそジュース」も。お水は「お清めの水」をと呼ぶそう。細部まで造り込まれていますね。  いよいよ配膳の時に、冥土さんが、手をハート形に丸めて「喪え喪え、キュン。おいしくなあれ」とおまじない。冥土さんもお客さんも、明るく楽しそうです。  役割が与えられ、居場所が出来て別人のように明るくなったという冥土さんがたくさんいるそう。私は、互いにアイデアを出し合い、もっと面白く「改良」されていくのが体感できることが元気の源なのではないかと思います。「躍動していると感じ」を得ることが瑞々しい心を育むのでしょう。一度訪問したいですね。

2025(令和7)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第171回

 第171回「やすらぎ修行会」プチ法話 2025/8/21  愛犬モモちゃんは家が大好き。私の机下にあるクッションに横たわり、日がな一日人を観察していました。しかしこの数ヶ月、昼は、自ら進んで玄関のひんやりした床にじっと寝そべっています。  夜は、在宅介護の母とモモちゃんと一緒の部屋で寝ていますが、深夜に何度か、ペチャベチャ音を立てて水を飲んだかと思うと、体をブルブル震わせたり、キーーとか細い声で鳴いたり、ノシノシ歩き回ったかと思うと、数度足の裏をペロリ、ぐっと我慢していると次には顔と頭をベロベロ攻撃です。完璧に起こしにかかってきます。なんともうすら眠い日々が続いています。たまりません。  イヌ友のベテランママに相談すると、「絶対、何か理由があるのよね。それって夜じゃないと自分がパパやママを独占できないということじゃないかしら」とのこと。  確かに母の在宅介護が始まり半年。家族の目が母に行ってしまったため寂しかったのでしょう。その日からギューッとロングだっこ。その間耳元で「かわいそうだったね。モモはいい子だよ」とささやきかけました。すると、体重をすべて預けうっとりとした目をしています。  自分の存在を、まるっと包まれ、大切にされているのだという感覚。自分はここにいて良いのだという安心。これが生きていく上でのベースなのですね。  「寂しさ」から、諸々の問題行動が生じてしまう。もちろん、それは人間も同様なのです。

2025(令和7)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第170回

 第170回「やすらぎ修行会」プチ法話 2025/7/21  「ミスタージャイアンツ」長嶋茂雄さんが通っていたリハビリ病院でのこと。施設に入ると、明るい声で「今日も一緒に頑張りましょう」と利用者の方々にお声がけをされていたとか。みなさん、あこがれのスターと対面したうえ、直接励ましを受け、さぞリハビリに力が入ったことでしょう。素敵ですね。  母の在宅介護が始まって6ヶ月、言葉も少なく表情も乏しかった当初に比べ、力が戻り、切れある言葉を紡げるようになりました。ベッド上での生活ですが、明るい雰囲気で辺りを和ませています。  「顔色がいいですね」には「ほめたって何もでないよ」と、「お年はおいくつですか」には「86です。若く見えるでしょ」と。決して若くは見えません。  食事は、介護食や、煮こごり、ゼリーなど。だいぶ食べられるようにはなりました。食べるとき、「どうだ」「ああまずい」「こっちは」「もっとまずい」「これは」「今までで一番まずい」と顔をしかめます。  マッサージの時は「もちょと上」「もちょっと右」「ここなのか」「どこかよく分かんねーよ」と。 「桃栗三年。続きは何ですか」「柿…、続きは?」「柿の種」。なんか、ことわざ辞典にある気が致します。  ユーモアは自らに籠もりがちな時に人とつながる力を与えてくれます。介護スタッフの方も、だいぶ元気になったと喜んでくれています。ベッド上の生活でも役割を果たすことができるのですね。