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第184回「やすらぎ修行会」プチ法話 2026/9/21

  とあるお寺で高校生にお掃除のお手伝いをしてもらった時のお話し。  帰りがけに薄謝を渡すと、3通りの表情が見受けられました。「まさか、謝礼をもらえるとは思っていなかった。こんなにもらえるの!」と驚いている人。「仕事した時間を考えれば、まあこんなものでしょう」と平然としている人。「なんだこれしかもらえないのか」とがっかりしている人。  同じ仕事をしたのにどうしてこれだけの差が出たのか。それは「当たり前の基準」がそれぞれ異なるからです。手伝ってくれた人の中で今日は良い一日だったと、「幸せ」を感じられるのは、「当たり前の基準」が低い人なのでしょう。    人は放っておくと「当たり前の基準」がどんどん上がっていき際限がありません。経典の中で、欲望は「火をつけた枯れ草」に例えらることがあります。欲しいものを手に入れると、さらに欲しいものが見つかり、刺激を求めるともっと強い刺激でなければ満足できなくなる。   「当たり前の基準」を下げることによって、日々のささやかな営みにも感謝の気持ちを持って暮らすことができるようになるのでしょう。   相田みつをさんの残した言葉に耳を傾けましょう。「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」。