2019(平成31)年「やすらぎ修行会」プチ法話 第93回~第104回
第九十三回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/1/21
ヨガの先生に、なぜヨガを行うのか尋ねたところ、「活力ある心と体を得るためです」と、予想通りの答えです。でも加えて「元気な心体とは、困難を抱えた方を手助けするためにあるのです」と仰った。
正月の成田山に行って参りました。大本堂はいっぱいの人。みなさん、「身体健全」「商売繁盛」など所願成就を胸にお参りに来られているのでしょう。確かに、一年を健康に過ごすこと、商売が盛んになることは、生活の基盤でありとても大切なことです。でもお不動様から頂いたご功徳を、自らが享受するのにとどまらず、周囲の人に、またしんどい思いをしている人に振り分ける。
『華厳経』には「インドラの網」が記されます。インドラ(帝釈天)の宮殿には大きな網がめぐらされており、そのすべての結び目には色の異なる宝石がついています。その宝石は自ら光ることができず、近くの8つの宝石から光をもらってそれぞれの色で光っている。遙か遠い宝石からも極々少ないけれど光をもらっている。これは、与え合い響き合う、人と人とのつながりを表す比喩でもあります。
「勤行式」最後の言葉は、「願わくはこの功徳を以て、普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」、「普回向」といいます。経を読誦して得たご功徳を、自らだけでなく、普く一切の存在に振り分ける。この教えは、仏教を貫道する太い柱です。
私たち一人一人はささやかなことしかできない。でもそれは誰かとどこかと繋がり、何らかの影響を与えあっている。自分にできることを無理せずに重ねて参りましょう。微力は無力ではありません。
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第九十四回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/2/21
知り合いのヘルパーさんがお世話をする「利用者様」は、食事を出すと「本当に、まずいわね。でもあなたのために食べてあげるわ」と仰るそうですし、一度部屋の扉を外して投げつけられたこともあるとか。すごい力ですね。その時その方はこう思うそうです。「ああ、私は今、ためされている」と。
8年前、初めて山谷の炊き出しに参加したのときのこと。4時からお米を炊き、200個のジャンボおにぎりを作り、法要をした後、それぞれの頭陀袋におにぎり10個を入れ、皆で「いろは商店街」に向かいました。灯りが消えてまっ暗なアーケードの下で寝ているホームレスの方々ひとりひとりに声を掛け、おにぎりを渡していきます。「ありがとう。ご苦労様」「今度はいつ来るんだ」「あんたのところのおにぎりは大きいねえ」などなど声を掛けられました。
すると、一人の方から、「俺はおにぎりなんていらない。こんなことやっても何の足しにもならない。俺を救ってみろ」と言われました。これまでの行政やボランティアの方々とのかかわり合いの中で不愉快な思いをされたのでしょうか。何か仕事にトラブルがあり、腹を立てていたのでしょうか。それとも酒に酔っていたのかも…。ともあれ、炊き出しをするという行為が、すべての方々に受け入れられるかというと、必ずしもそうではないということを知りました。それにしても何をもって人を救うというのか…。
私は何も言うことができすにそこを去りました。私は何と答えればよかったのでしょうか。いまでもよくわかりません。あのとき、ホームレスの方は、私に対し、なぜお前はおにぎりを配っているのかという覚悟を問うていたのかもしれません。
進むのか、それとも退くのか、それを決めるのは、この「わたし」です。
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第九十五回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/3/21
近くのお寺では、罪を犯した人の更正のお手伝いをしようと、月に一度、清掃をお願いしているそうです。みなさん、寺に来た時はこわばった顔。世間の冷たい視線を様々なシーンで感じ取っているのでしょう。でも仕事が終わり、奥さんの手料理をふるまわれると、表情がパッとほころぶとか。奥さんの思いを味わい、自らの思いを咀嚼し、飲み込むことによって、心の壁が低くなるのでありましょう。
「食う」と「食べる」とは、似て非なること。「食う」とは、腹が空いたので食べ物を胃に収めることなのに対し、「食べる」とは「賜ぶ」が変化した語で、神仏から賜った物をへり下って頂戴することです。
佐々木俊三先生に「食べること」の意味合いを教えて頂きました」(「食べること住まうこと」)。柳田国男は、狩猟の獲物を解体し分配したときの一人一人の取り分を「タマス」ということに注目し、「食べる」はタマシイに深い関連があると記しています。「食べる」こととは、「構成員を個々別々のものとして確認する時であると同時に、(略)集団として結びつく力を確認すること」でもあった。もちろん、分配された物には、「霊性」が宿っている。「食べること」とは「食べ合う」ことなのです。
先生の思索は、キリストの最後の晩餐へと向かいます。ちぎられたパンはイエスの肉、葡萄酒はキリストの血、それらはまさにイエスの愛が具現化したもの、それらを「食べ」「飲む」こととは、イエスの血肉を自らの内部に留まらせることであり、「食べ合った」人々の紐帯を強く深めることなのです。
賜った神仏に、頂く命に、ともに一日を過ごした友に、こうしてここにいる自分に感謝をし、共に食べ物を頂く。果たして、我々は、日々の営みの中、どれほど「食べる」ことを重ねてきたのでしょうか。
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第九十六回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/4/21
数々の金字塔を打ち立てたイチロー選手も引退のときを迎えました。その引退会見より。
イチロー曰く、「10年200本(安打を)打ったとか、MVPをとったとか、オールスターでどうたらというのは、本当に小さな事にすぎない」と。それでは大切なこととは何か。それは、自分の心の中にある「測りを使いながら、自分の限界をちょっと超えていく」ということ。その「少しずつの積み重ね」が、今の自分を「超えていく」すべだとおっしゃいました。
仏教における大切な言葉のひとつに「分別」があります。一般的に「分別のある人」とは、「常識的な判断が出来る人」をいいます。しかし仏教語の「分別」とは、苦しみをもたらすもの。意味は字の如く「ものを区別すること」の意。それでは何を区別するのか。あの人は、私より「お金を持っている」「頭が良い」「顔が美しい」などなど。他人と「分別」することによって自分の心が揺れ動き、「ねたみ」「あざけり」「ひけめ」など負の感情が生じ、それにさいなまれてしまう。
そもそも変えようがないならば、とらわれても致し方ありませんし、少しでも変えることができるのならば、自分の測りを使って限界をちょっと超えていく。「自分の測りを使う」という表現がしびれますね。
引退会見の語録よりもう一つ。「引退という決断をするにあたり思い残したところは」という問いに対し、「後悔などあろうはずがありません」と仰いました。私たちも最期にはこう言いたいものですね。
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第九十七回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/5/21
タレントのつるの剛士さんが、自信の源についてこう語っていました。それは、「お前は父ちゃんと母ちゃんの子なのだから、だいじょうぶだ」、と両親が言い続けてくれたことだそうです。子どもの成長には「勇気づけ」が欠かせません。
「モグモグ食堂」のお客さんの中に、なんでも手づかみで食べてしまう子がいました。施設のスタッフは横に座ると、「これはスプーンを使って!」「こっちはフォークで」と言いながら食べさせます。初めは嫌がっていましたが、やがて手助けは必要なものの、ニコニコ食事が取れるようになりました。「モグモグ食堂」は学びの場でもあるのですね。
私たちは普段、箸、スプーン、フォークを使い分け、ある時は手づかみで食事を取っています。その「食べ方」とは、知らず知らずのうちに体得した「文化」なのだと改めて気づかされました。
久々に彼が「モグモグ食堂」に来てくれましたが、以前と違って表情も暗く、負のオーラを発しています。スタッフに伺ったところ、もっと息子の力を伸ばしてくれるところはないのかと、親が色々な施設に預けたとか。想像するに、指導の方法もそれぞれ異なる。スタッフもコロコロ変わってしまう。同じことをしても、ある時は叱られ、ある時はスルーされる。すぐ環境に適応するのが難しい彼は、どう振る舞えば良いのか分からず、心を閉ざしてしまったのではないでしょうか。
「学ぶ力」を引き出すには、信頼できる存在が必要です。その人はいつもそばにいて「勇気づけ」をしてくれる。これから毎月来てくれないかな、そう思った「モグモグ食堂」でした。
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第九十八回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/6/21
古人は、花鳥風月の風情や喜怒哀楽の思いを、言葉を練り上げ鍛え上げ、「五・七・五・七・七」、わずか三十一文字の中に表現してきました。今なお、この短い形式は、人々の思いを注ぎ込む「器」として機能しています。
捉えどころのない思いにカタチを与えること、それは甚だ難しい。それを三十一字で表すなど至難の業です。でも、この短い形式であるがゆえ、心の一断面をそこに落とし込むことができる。
家で親を介護している方にお話し伺いました。たまにやって来る子にはいい顔をする、うまく行かないことは他人のせい、何でも頼るくせに命令したがる…。ストレスの溜まり続ける日々。悩みを誰かに相談したとしても、きっとあなたが我慢すればよいと言われるだけ。やり場のない憤りに、「もう、いやだ」と爆発寸前。その時、燃えさかる思いを短歌にして、スマホに打ち込むことを思いつきました。
言葉を紡ぎ出すには、「どうして私は苦しいのか」を分析せねばなりません。そして、自らの心の動きを辿り、言葉を探し整え、スパイスとして、ちょっとおもしろくブラックな表現を添える。思いが歌になったその時には、だいぶ心が落ち着いていました。後ほど、歌を読み直して「くすっ」と笑うと、心が少し軽くなったそうです。合わせて、相手のイライラの源や自分の至らなさにも気づくこともあったとか。
「今でももちろん大変ですが、なんとかやり過ごせるようになりました」とのことでした。そこで、マル秘の短歌をこっそり聞き出しました。
「魚の目を 取ってあげると 伝えたら そんなのいいわと 靴下脱ぎ出す」お後がよろしいようで。
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第九十九回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/7/21
食糧難の時代、修学旅行に参加する生徒たちは、自分たちが食べるお米を持参し、宿屋にお渡ししたそうです。いつでもどこでもお金を出せば食べ物が買える今日、若者には信じ難いことでしょう。
以前、成就院のお施餓鬼会では、竈でご飯を炊き、仕出しのお総菜を詰め、二段弁当をお出ししていました。台所では、手伝いの方が、弁当箱におかずやご飯を詰めては出す、弁当箱を下げたり、そして洗ったりとすごい賑わいでした。その頃、檀家の方々には「御供米」を持参頂きました。それは、御供えであると同時に、自ら食べる米を持参するという意味合いもあったのでしょう。
しばらく途絶えていましたが、2012年から「御供米」を復活。御本尊やご先祖に捧げられたご芳志として頂戴し、フードバンクを通じて食に困っている方々にお渡しする、社会貢献の方策としてリニューアルしました。名付けて「おすそわけ運動」。今年も70キロの米が集まり団体にお届けしました。
檀家の90歳になる方とお話しをした時、「私はもう年を取って、困っている人に何かして差し上げたいと思っても何の術もありません。また、いろいろな困難を抱えた方がいるということを知り得たことが勉強です。少しでもかかわることができて、ありがたいと思っています」と仰って頂きました。
ひとつかみのお米とは、ただの「食料」ではありません。慈しみの心が形をなした物でもあり、自らに気づきをもたらす導きでもあり、見知らぬ誰かと私とをつなげてくれる媒体でもあります。
社会の様々な問題を「自分ごと」として受け止めるには、学ぼうとう意志が必要です。色々な機会を捉えて縁を結び、無理のない範囲で関わり続けていきたいですね。
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第百回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/8/21
秦の皇帝、胡亥の時代、謀反を企てようとしていた宦官の趙高は、宮中に鹿を連れてくると、「珍しい馬が手に入りました」と皇帝に献じました。皇帝は、もちろん「お前は鹿を馬と間違えている」と言いましたが、家臣には、正しく「鹿」と言った者、黙る者、趙高に恐れを抱き「馬」という者もいました。後に趙高は「鹿」と言った者を排除したといいます。これが「馬鹿」の語源説のうちの一つです。
「おバカキャラ」といえば、「笑点」でおなじみ林家木久扇師匠。「え~と何だっけ」と問題を聞き直したり、座布団を促して立ち上がったり、メンバーにいじられて憮然とした顔をしたり…。でもそれは長くカメラに映してもらうための「作戦」なのだそうです。
木久扇師匠が考える「本当の馬鹿」とは、人を傷つけるようなことを平気で言ってしまう人、また馬鹿にされたくないとムキになってしまう人。
師匠曰く「毎日の暮らしにはいろいろな事が起きます。でもいちいちまともに受け止める必要はありません。柳に風と流せば良いのです。悩みや苦しみのほとんどは、考えてもどうしようもならないことや、どっちでもよいことなのですから」と。窮屈な世の中、つまらなそうな顔をした人が多いのは、「バカ」が足りていないのではないか」と仰います。
師匠の考える「バカ」とは、「人生を半分下りた人」を言うのではないでしょうか。世間の価値観から一歩身を引いて、自分に出来ることを見つけ、人生を切り開いていくことができる人。ゆったりと辺りを見渡し、鷹揚に生きる幸せを感じ取れる人。
なかなかバカになりきるのは難しいですが、「バカ」になるふりくらいは身につけたいものですね。
「今の日本にはバカが足りていない―”笑点の黄色い人”林家木久扇のバカ道」
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第百一回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/9/28
古代インドのバラモン教では、人生を四つに区切ります。まず「学生期」、生きる知恵を身につける学びの時期、「家住期」、家庭を作り仕事に励む時期、そして「林住期」、仕事、家庭から離れ、自らの来し方行く末を深く瞑想する時期、「遊行期」、人生の知恵を人々に授ける時期。
『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)でおなじみ、生物学者本川達雄先生の話を伺いました。
私たちの体で一番時間を感じられるのは心臓の拍動。一拍にかかる時間は、体の小さなハツカネズミは0.1秒、大きなゾウは3秒かかるとのこと。体重が大きいほど時間がかかります。これは呼吸や筋肉の動きも同様だそうです。ということは、ゾウの時間とネズミの時間とは違う。
ネズミの寿命は2年、ゾウの寿命は70年。ゾウは長生きですね。でもゾウもネズミも生涯に刻む拍動数は、15億回。拍動数を基準に考えればゾウもネズミも同じ長さの生涯です。それでは人間が15億回拍動を重ねた年齢はというと、41歳。室町時代の寿命は33歳、江戸時代は45歳。
今日の日本では寿命が男女とも80歳を越えています。これは多大なエネルギーを使い、豊富な食料、清潔な水、高度な医療、快適な生活環境を作り上げたことによって成し遂げられました。本川先生は御自身を「人工生命体」であり、「おまけの人生」を生きているのだとおっしゃいました。
若者と老人とでも、流れる時間の早さが異なる。ということは生きる世界が異なるということ。若い頃とは別の価値観で生きていかなくてはならない。「生物学的」にもっとも大切なこととは「種の永続」です。「我は」という思いを振り捨て、人生で培った智慧を、我が子孫だけでなく、多くの若い人たちに慈雨の如く降り注ぐことに注進する、そんな生き方が「生物学的」にも求められているのです。
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第102回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/10/21
10月の三連休には、毎年、岩手県気仙地域で講演会、一日徒歩巡礼を行っています。ちょうど、観測史上最強クラスの台風19号来襲と重なったため、交通が乱れひやひやでしたが、なんとか辿り着くことができました。その夜は大風・大雨。何度も起こされましたが、翌朝からは天候に恵まれにぎやか終えることができました。皆さんからは、こんな時に来て下さってと、お礼を言われました。
大船渡に着くと、まず、いつも宿をご提供下さる竹野さん宅に鍵を借りに行きました。すると、開口一番、「あなたたちのような若い人がこんな所にいちゃだめだよ」と諭されました。
様々な催しが取りやめとなっていました。が、私は新幹線が動く限りは気仙に行こう、と思っていた。なぜそう思ったのか?振り返れば、行事の実施を告知し諸々の準備をしていたこと、それにも増して、今まで台風による大きな被害を被ったことが無かったので、まあ平気だろうと考えてしまったことによると思われます。でも多摩川は氾濫し、荒川も氾濫寸前だったようです。
人は、事が起きる度にハラハラしてしまうと、ストレスが積もり積もって押しつぶされてしまうので、心には「これは正常の範囲だ」と自動的に認識する働きが備わっているそうです。これを「正常性バイアス」といいます。私は、まさにこれによって、状況判断が甘くなってしまったのです。
台風一過、雲一つ無い真っ青な空が広がっている朝、竹野さんは雨戸を開けに来てくれました。彼は、震災前から来たるべき時に供えて、自宅に井戸を掘り、発電機を購入し、石油を備蓄していたという方です。竹野さんの頭には白いヘルメットが、手には軍手をはめられていました。
かぶっていた、きらりと光る白いヘルメットに「徹底的に自分の命を守る」という覚悟を感じました。
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第103回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/11/21
久しぶりに近所のそば屋に入ると、なんと店じまいの日。店内は、ボトルを飲みきっているおじさん、お別れの挨拶をしているサラリーマン…いっぱいの人。お客が途切れると、店のお母さんが若者の前に座り、「お蕎麦まだあるわよ、食べる?」と声を掛け、「ああ、道で会ってもきっと分からないわよね」と寂しく呟きました。長い間、お客さんは、お腹も心もほっこり満たされ、お店を後にしたのでしょう。
「ネトゲ廃人」という言葉を知っていますか。ネットゲームにはまって社会生活を行えない人を言います。テレビに出演した人は、毎日20時間ゲームという生活を15年間続けているそうです。モンスターを狩り続けるゲームなので、長くやらないと1位にはなれない。よって1秒を削ろうとトイレの扉も閉めず、眠くなってきたら立ったままゲーム。こうなると現実と非現実との境界が溶解してくるとか
ゲームにはまった契機は、高校時代、2週間ゲームに打ち込んだところ何十万人のうちの1位となり、ここから落ちてはいけないという「使命感」を持ったことだそうです。ライバルと競い合い、打ち負かし、1位になるという快感がゲームから自分を離さないのだといいます。
彼は、20時間もゲームを遂行できる「廃人」であるのが誇りだと胸を張り、ゲームをずっと続けられる人生がハッピーだと言います。でも一方で、ゲームをするのは楽しくはなく苦痛であるとも言いました。ゆくゆくは体力も落ち1位でいられなくなる時が来るかも、と呟きました。最後に「早く帰ってゲームをしたいか」尋ねられると、「こうして人に心配されることが懐かしい、思わず泣きそうになった」と。
彼も現実世界に居場所が見つかればよいのに、と思います。それには、傍らにいて「勇気づけ」をしてくれる人が必要です。ほどよく「おせっかい」なおじさん、おばさんが求められているのです。
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第104回「やすらぎ修行会」プチ法話 2019/12/21
民俗学者宮本常一さんは、生涯に渡って日本全土を歩きまわり、それぞれの土地の暮らしや、そこに生きる人々の智慧を書き留めてきました。その中に「村の寄り合い」についての文があります。
宮本さんが村の文書の借用を頼んだところ、村の寄り合いに計らねば決められないとのこと。そこでは、「以前見せたが返さないことがあった」、「しまってあった物を見る目のある人に見せたら良いことがあった」という具体例が話されたかと思うと、話題があちこちへと飛び、だいぶ時が経った後、元の話題に戻ってくる。寄り合いは夜も昼もなく続き、その間には用事で帰る人、地域に持ち帰って相談する人、寝てしまう人もいたそうです。二日の後、ようやく借用の許可が下りました。
「会議」とは、論点を整理し効率的に行うもの。「寄り合い」とはその真逆です。村という閉じられた空間において、互いを尊重しながら帰着点へと導く手立てだったのでしょう。村に伝えられた「智慧」とは、過去のストーリーの集積という形で伝えられてきました。ですから、お年寄りはまさに「村の知恵袋」です。
若者たちはお年寄りが語る「智慧」を直接耳にし、村で生きていく為の「規範」を身につけたのでしょう。規範を身体化するには、親しい人の口から出た言葉が不可欠なのです。
親や祖父母が語る昔話、職場の先輩から聞いた過去の出来事…。はっきり覚えてはいませんが、今の自分を自分たらしめている大切な「智慧」となったに違いありません。若者には、おもしろおかしく「智慧」を伝えようではありませんか。スマホの画面ばかり見ている子を見るとちょっと心配になりませんか。
※ 『忘れられた日本人』宮本常一著 岩波文庫 ぜひご一読を