第179回「やすらぎ修行会」プチ法話 2026/4/21
あるホームレスの方が、こう呟きました。「何がこわいかって、1人で逝くのが一番こわい。だってあの世でずーっと一人だよ。ずーっと暗闇なんだよ」と。家族との関係を絶たれ、帰るべきふるさともない。この世でも、そしてあの世でも「無縁」。どうこの世を旅立っていくのか。
北九州を拠点とするNPO法人「抱樸」。炊き出し、パトロール、自立支援住宅、就労支援に止まらぬ幅広い活動を重ねています。「葬送」については互助会を組織し、普段から誕生会や旅行などで交流を重ねているそう。お別れの時は、「共に生きた仲間」として一緒にすごします。
遺影やご遺骨は、連携している教会の、高い天井から光が差し込む礼拝堂脇の小さな部屋にご安置され、年に一度の「偲ぶ会」では、遺影とともに、これまで亡くなった故人の名前が記された横断幕が壁に張り巡らされ、亡くなった方の「ストーリー」を知っている方が、皆の前で思い出話を語ります。故人が確かに「生きていた証」を皆で共有するのです。最後には「ありがとう」という感謝の言葉や「安らかに」という祈りの言葉が捧げられたとか。
「葬送」とは、個人の尊厳や生き方と深く結びついた営みです。本来、事業として設計され、ビジネスとして展開されるべきものではありません。日常の「つながり」の積み重ねの延長に自然と起ち上がってくるもの。「家族」ではないけれど「共に生きた仲間たち」に見送られる。それが合わせて、その場に参列した方々の「安心」や「支え」にもなっているそうです。
「おひとりさま」という言葉をよく耳にする昨今、「どうこの世を旅立っていくのか」という問題は、ホームレスの方々だけの問題ではありません。